ボロは着てても心は錦☆
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-5- 暗黒の時代〜第1章〜
むかしばなしのつづきデス。

ここからが一番の暗黒時代・・・・・・









勉強があまりできなかった私を心配して、親が塾を見つけてきた。
この時の私は、家に居る時はずっと自分の部屋に篭っていて家族と喋っていなかった。

私は塾にいきたくなかった。
友達以外のいつも一緒にいる人としか喋れなくなっていたからダウン
(文化祭の準備で、隣のグループにガムテープを借りる事ができなかったくらい!!!)

1つ目の塾は1度見に行ったけど、行きたくなかった私は親に聞かれてもいいとも悪いとも
言わなかったのでなんとなく行かない事になった。
2つ目は父のお店に来ていたお客さんが塾の講師でそこから話が進んで行く事になった。
でもそこはとても遠くて(徒歩40分)、お父さんや塾の先生が車で送り迎えをしてくれる事になった。

多分、うちの父がかなりサービスでもしたんだろうと思うけど。。
そうでもしなきゃ、塾の生徒を塾が終わった後に送ったりしないよな?

それに、嫌がる私に父は条件をつけた。
「友達も一緒に行っていいよ。送ってあげるよ」・・・と。

私は、幼馴染のAちゃんを誘ってその塾に通いだした。
Aちゃんは親が厳しくて「第1志望以外、受けちゃ駄目!」といわれたそうだ。
多分、私より必死だったと思う。
Aちゃんから見たら私はすごい甘えてたんだろうな〜。
塾に行っている間や学校でもAちゃんはしょっちゅう、「胃が痛い!!」って言ってた。

そうして、何とか塾に通うようになったわけだが、母の言葉は受験が迫るごとに勢いを増し
私は前回も言った通り、喘息の発作を起こした。

息を吸うのも辛い
しゃべるのも辛い
運動するのも辛い


一度、発作が始まってしまうと長い間、まともに息が吸えなくて、塾の先生に冗談交じりに
「死ぬんじゃないか?!」って言われてた。笑
最初はひどい風邪だねって言っていたけど、あまりにひどいので病院に行ったら
「喘息ですね。」と言われたのだ。
この時だけ、母は心配してくれてとても心が安らいだ気がした。


喘息も吸入器のお陰で良くなり、またいつもの生活に戻った。
(薬を吸入器の先に差して、息を吸うとプロペラがまわって、薬を(肺に?)入れるやつ)


そう、いつもの生活に。


喘息は多分、ストレス性のものだと思う。


毎日、見張られて怒られる日々に私はもう疲れていた
そしてやりたくもない、テストや勉強・・・


ある日、塾に行く前に母にきつく怒られて私は泣いてしまい下の部屋に夕飯を食べに
行く事ができなくなってしまった。
父が夕飯を部屋に持ってきてくれたがやっぱり、食べる事ができなかった。


心がからっぽだった。
もう何もしたくなかった。
両親に仲良くして欲しかった。
勉強をしたくなかった。



夕飯のうどんを食べれない私を見て、父は言った。


「おばあちゃんの家に行こうか?」


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